野木外科診療所

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NCC or NCCJは大丈夫だろうか?

2020.07.03 Friday 16:34
NCCとは National Chistian Council
Japanの略で日本キリスト教協議会の事であるが、最近気になる記事を見たのである。記事というのは

「韓日の市民団体、宗教界が新たな関係模索へ、歴史の傷 癒す」ソウル
であるが、その内容を読んで心配しているのは僕だけだろうか?韓日のから始まるから先ずこの記事を書いたのは韓国人であろう。正しく内容が伝えられて書かれていれば誰が書こうが問題はないが。


問題は韓国側の参加者の中に、旧日本軍の慰安婦被害者を支援する「日本性奴隷制度問題解決のための正義記憶連帯」いわゆる『正義連』が名を連ねていることだ。この団体は最近韓国で元慰安婦と言われている老女から告発されて連日韓国のマスコミで取り上げられて、韓国社会を激しく混乱に陥れている。

NCCJの会員はいわゆる「慰安婦」の件に関してどれだけバランスの取れた知識を持っているのだろうかと甚だ疑わしく思う。

日韓の機微に触れる問題にNCCJが頭を突っ込むには余程慎重でなくてはならないと考え始めたが、途中で嫌気が差し、気分が悪くなったので筆を折ることにした。


「俺だけの三畳の間だ」

2020.07.02 Thursday 16:49
童門 冬二の小説「榎本 武揚」を読んでいた時に出会った言葉だ。


嘉永6年(1853年)に出来た幕府の長崎海軍伝習所で榎本が勝 海舟と出会い親しくなったある日、勝が榎本を或る所に連れ出す。

そこは現地妻とも言うべき女人が住まいしているところであった。ウブな榎本が狼狽するのであるが、その時に勝が放った言葉である。
「ああ、人間にはどんな時にも自分だけの三畳間が必要だ。この家とお久は俺にとって正しくその三畳間だよ。」と。
現地妻は別として確かに「三畳間」があれば良いのだとツクヅク思う。そこに入れば全てのことを忘れて没頭出来る場所。広い空間はかえって思索の邪魔になりそう。今で言えば四畳半か、少し広い部屋をイメージすれば良いと思うが。

些か歳を食っているが、物書きを目指している者にとって、こんなけのちっぽけな空間で十分なんだろうと思う。この広さならそんなに金も食わないだろうから安心だ。

いや、金の問題ではなく心の在り方の問題であろう。気持ちの切り替えの問題であろう。ストレスを必要以上に溜めないための心的、物的空間であろうか。

ところで勝の「お久」さんは僕にとってはコツコツ集めた本に相当するのだろう。本に囲まれて過ごす日々は最高である。

因みにこの本は元は1.800円+税、僕はBOOKOFFで191円で購入。

久し振りの歯科受診です。

2020.06.09 Tuesday 17:30
6/2堀内歯科へ。右下のインプラントに被せてある金属が緩んできました。
ソフトイカを好んで食べたためでもあるが、治療して5、6年が経過しているので自然に緩んできたのであろう。

思えば35年ほど前、自己管理の悪さから仕方がないのであるが、昭和56年に開業して以来忙殺された生活で40半ばにして歯槽膿漏で全ての歯を失ってしまった。
診察机に伏せて夜が空けたこともある。よく命を取られなかったことかと感謝している。そしてインプラント。

この時の痛みがトラウマとなり、歯科を受診するとあの歯を削る音を聞いた途端全身硬直といった状態。

歯槽膿漏の部位は酸性になっており、2%のキシロカインもきかず笑気も殆ど効かず、診療所から麻薬に近い「ソセゴン」を診療所から持って来てもらい、右手を家内に、左手を娘に持ってもらってやっとインプラントの手術に耐えられたのです。

そなかいあってか、僕の7本のインプラントはビクともせず35年の歳月に耐えている。堀内先生には感謝しても余りあります。

あと何年生きられるか分かりませんが、出来れば天国に凱旋するまでもって欲しいものです。

今は食事の後、歯をキッチリと磨いています。日に3、4回は磨きます。お陰で歯の治療の時以外は全く痛みがなく嬉しいでさ。

ドラムの練習

2020.06.09 Tuesday 08:52
冬の朝の練習は辛いが、この6月からのは朝は早く空け、気持ち良いので練習が進む。去年一曲の及第点をもらうのに1年掛かったが、今年は半年程で何とかものになりそうである。




何の習い事もそうであるように基礎を繰り返し行うのが大切ですね。
Fill in Patternから始まった練習も
Change Up、8 Beat 1、2と段々リズムが複雑になって来ました。



8 Beat



なんせ両手、両足を使い、尚且つメロディに歌を合わせなければならず、物凄く意識を集中しなければならず、1時間のレッスンは丁度良い時間ですね。自宅での練習は余り緊張感が無いためか少し緩みます。

半分の歳しかない吉村先生ですが、上手く指導してくださり、とても嬉しいですね。それに男前ときているしね。


ドラムを叩きながら歌を歌うのは思ったより難しいですね。吉村先生の生徒さんで「歌いながらドラムを叩く人」は今のところ僕だけのようです。

はてさてどうなることやら、もう少し頑張ってみます。

次に予定している歌は聖歌から「聖霊来れり」にしようかと考えています。これからがいよいよ本番です。

国華園で買ったウツボカズラです。日々観察していますが、今のところ犠牲虫はいないようです。

忘備録

2020.06.08 Monday 05:18
5月20日 天満ぷららで実山椒を買う。
小枝から実を取ったもの


5月23日
紀州電鉄 たま駅長に会いに行く。


JR和歌山駅の「9番のりば」から発車




終点 貴志川駅 駅舎も猫使用




沿線の駅周辺をもう少し猫絡みで工夫する必要がありそう。いずれまた廃れる可能性がある。

ああ、そうそうたま駅長は長い昼寝で背中を少し拝見。お疲れの様子だあった。
6/8 梅雨に備えて屋上の溝掃除を行う、


この頃は4時半頃になると夜が空けてくる。5時から約1時間掃除をする。何とかこれで乗り切れなら良いが。
いつも彼女が診療所の前の草引きをしてくれている。屋上は僕の持分だ。
6月7日
夜討ち朝駆けで一年ぶりに由良の海釣り公園へ。6、7、8月は午前5時から開園。僕達が到着した6時頃には最早ほぼ満員状態。大阪ナンバーが多い。それに元気な子供たちの歓声が満ちていた。

のんびりと釣りを楽しむ。釣れるのはサバが殆ど。中にはツバスの小さいのも混じってくるが
アジはサッパリ釣れない。いや僕達には釣れないのである。


歳を取ると船釣りは体力が必要で僕達には難しいので既に諦めたのであるが、小型船舶操縦免許証は、彼女は返却したが僕はしつこく持っているのだ。


何処かの島に住んでのんびりと余生を過ごしたいと言う希望は残火のように時々燃え上がるのである。

BOOKOFFや古本市場を巡っていて

2020.06.06 Saturday 07:39
得な事がひとつある。それはキリスト教関係の本が他の本に比べて一部を除きとても安い事である。

原因のひとつとして考えられるのは我が国のクリスチャンは人口の1%程度しかいなくてキリスト教関係の本の売れ行きが少ないからであろう。

今ひとつは本の値段を付ける人がその価値を知らないために安い値段をつける傾向にあるのではないかと推察する。

僕に関しては知る人ぞ知る「野木はクリスチャンである。」と言うこと。だから古本巡りをしている時に貴重なキリスト教関係の本に出逢い、その値段の安さに感激をしてついつい買ってしまうのである。

最近買った本で「ガリラヤ湖畔の人々」という本がある。新本と殆ど変わらない。定価は2000円、売値は300円。とてもとても得した気分になれる。まるで競馬で大穴を当てた気分である。


全国を旅するようになってから、旅先でBOOKOFFや古本市場を探すのも目的のひとつになってしまったのであるが、その土地土地によって揃えている本が違うので本との出逢いがファンタスティック/fantastic 嗚呼御当地御本!

何もキリスト教関係の本だけではない。僕の蔵書の本の8割以上は古本である。古本と言っても殆どが真新しい本である。何冊かお披露目しようと思う。


このハードカバーの本は4200円+税
この本は1500円で購入。




この創元社から125年記念に出版された本は3600円+税。これは2150円と少し高い目ではあるが気に入り即購入。


この本は4200円+税。これは2000円で購入。小説を書きたいと思っている僕にとっては貴重な本である。

この本は3900円+税。1800円で購入。
これを見つけた時にはかなり興奮をしたものである。今は1週間から2週間間隔でいろんな土地のBOOKOFFや古本市場、その他の古書店を回ることにしている。
その他の蔵書をあげればキリがないのでまたの機会に紹介したいのだが、出来る限り凡ゆるジャンルから買い求めようと思う。子供や孫達が利用してくれれば嬉しいのであるが、僕亡き後まとめて適当なところに寄付をするのも一考かと思っている。

彼女と相談もしなければならないが、財力の許す限り収集したいと思っている。今は邦書が主だが、洋書にも手を伸ばそうと考えている次第である。

ユダヤ人の歴史  5

2020.06.01 Monday 17:10
ユダヤ人の歴史は確かに読む者に多岐にわたり考えさせる。
しかし残念ながらこのポール・ジョンソンの「ユダヤ人の歴史」上下には我が国のことは一言も出てこないのである。

それはある意味仕方ない事だが、せめて当時の欧州のユダヤ人が一番困難に面していた国はツアーのロシアであった。そのロシアで「pogrom/ポグロム」と言えばヒットラーのホロコースほどでないにしても多くのユダヤ人を苦しめたのである。(ポグロムとはロシアのユダヤ人に対して集団的迫害行為、殺戮、略奪、破壊、差別を意味する)

そのロシアに我が国が日露戦争で勝利してロシア帝国の滅亡のキッカケを作ったのである。露国に住んでいたユダヤ人の喜びのいかに大きかったことか、想像にあまりある。勿論この日露戦争の戦費調達に当たってユダヤ人の実業家の多大なる援助があったことを我々日本人は忘れてはならない。

この事はポール・ジョンソンのユダヤ人の歴史 下に書かれても良いと思うのだが。


それにはやはり彼らが意識しても拭い去る事のできない白人優位とまでは言わないが白人中心の歴史認識があるのではないのか。(ユダヤ人の歴史下p212に日露戦争と言う言葉だけがひとつ出てきたが、足の裏に付いたご飯粒のように、気にすれば気になる程度の軽い扱いかと思われる)
今僕はジェラルド・ホーンの「人種戦争/レイス・ウオー」太平洋戦争、もうひとつの真実  と言う本を並行して読んでいる。有色人種の日本人が白人優位のの世界を破壊して行く歴史である。ここにはごく一部のユダヤ人が登場するが、主にはアメリカの黒人社会の人々が、その人種差別の故に、いかに日本の勝利に期待して行動したのかが詳しく書かれている。

勿論彼はいたずらに日本の戦争を美化しているのではなく、白人支配の世界が日本により崩されて行く小さな事実の積み重ねを、これでもか、これでもかと書き連ねている。

日本は太平洋戦争(大東亞戦争)に敗れはしたが、その後インドや東南アジアの国々が次々と白人国家の支配から独立を果たしたのは周知の通りである。

神様は数多の国民からユダヤ人を選ばれた訳であるが、一方日本には「日猶道祖論」と言うのがあって起こっては消え、消えては起こると言う根強い関心がある。

僕が思うのに「日猶道祖論」は一旦置くとしても「世界とユダヤ人のパズル」を完成させるには日本、日本人と言うピースを嵌めなければ完成しないのではないかと考える。

ユダヤ人も確かに特殊な民族であるが、日本人もまた特殊な存在である。

それを如何に自覚して世界をリードしていける国民になれるかは子らの将来に掛かっていると思うのであるが、切に我々子孫の中から国際的な人材が排泄される事を願ってやまない。

やっとドラムが

2020.05.14 Thursday 19:33
叩けるようになって来た。4/21から尿路結石と慢性膀胱炎で苦しみ抜いたと言うか、あの激痛は忘れ難い。まるで炎の中で身を焦がしているようであった。
今回は術後4回目で1番きつい症状であった。結局本復に3週間を要してしまった。回を重ねるに連れて回復はするが、時間が掛かるようになって来た。

それは兎も角5/13の吉村ドラム教室に久し振りに行き元気になる切っ掛けが出来た。3週間ほど練習が出来なかったが意外とスムーズに入る事が出来たのが嬉しい。沢田研二の「危険なふたり」の次はリバイバル聖歌から魂を鼓舞するような歌を選んでみたいと思っている。やっと小学校2年生のレベルである。


この病んでいた3週間、スッカリと足腰が弱ってしまった。診療所の三階迄上がるのに何度か休み、動悸がする。三密を避けながら少しずつ散歩の量を増やしながら体力の回復を図る。

府県境を超えての移動はダメと言う事なのだが、さりとてジッとステイホームするだけの生活には耐え難い。どれだけ体力が回復したかこの日曜日に「泉南里海公園」に行ってきた。

天六を出て難波から南海電車に乗る。
堺を出ると日曜日のせいもあって乗っている人はまばらである。


淡輪駅で降り、淡輪ヨットハーバーの横を通り「泉南里海公園」へ。



人は疎である。日差しが強く汗がふきでてくる。



この東屋が随所にあり、その度に休みを取る。日差しは強いが風は心地良く吹き抜けて行く。

淡輪駅から大阪に向かってひとつ向こうの「箱作」迄歩く予定で、かなり歩いた後残りどれくらいかとスマホのアプリを見ると、5.2km強とある。折れる心をお互い励まし合いながらひたすら歩く。

結局この日は約1万歩ほど歩くことになったのである。息切れも無くなり、帰宅後も下腿のこむら返りは勿論脚の怠さも殆ど感じなかった。

来週は三密を避けながら何処を歩こうかと話し合っている。

ユダヤ人の歴史 4

2020.05.12 Tuesday 15:52
ユダヤ人の歴史 下(ポール・ジョンソン著)を読み始める。少しペースが遅いようであるが、この間海部 陽介著の「日本人はどこから来たのか?」を一気読みしていたから遅くなったのである。

海部氏によると「約10万年ほど前にアフリカを出た我々の先祖は4万8000年前、ヒマラヤ山脈を挟んで、南北に分かれて拡散、1万年後、東アジアで再開。3万8000年年前に古日本列島に、3ルートから進出した」と言う壮大なホモ・サピエンスの物語に圧倒されて息も継がされずに読みこまされたのである。

当然のことながらアフリカを出たホモ・サピエンスは中東、欧州にも進出していったであろう。

日本列島よりも遥かに近い中東には八万年前にはホモ・サピエンスの一部はネアンデルタール人に代わり進出していたに違いない。それから長い時を隔てて約五千年前ごろにアブラハムが神の声を聞きハランを出たのであるが、ここからポール・ジョンソンの「ユダヤ人の歴史」へと繋がって行く。

実にホモ・サピエンスの歴史を辿る事以外に今のところ興味を引くものは僕には無いのである。

終の住処を思う

2020.04.26 Sunday 17:20
誰にでも原風景なるものが存在すると思う。僕の原風景は大和の国の吉野川よりも伊勢の国の小浜だ。幼い日、そこで過ごし、目に焼き付いている小さな港や体で感じる波との接触、、耳から入る潮騒の音などどれもこれも僕の原風景。人生の始まりの舞台としては最高のシチュエーションであった。夏の日は朝早く銛を持って海に潜り魚を探したものだ。夜は夜で昼間に見つけた太いミミズで鰻釣り。僕の足首程の太い鰻を釣り上げて祖母に偉く喜ばれたのを思い出す。
それから75年が過ぎた時に今度は「終の住処」を考えねばならない時期が近づいてきた。勿論清流ながるる川の傍よりも、澄み切った海の近くが良い。理想としては波の音を聞きながら永遠の眠りにつけたら最高だと思うが、もうその考えは捨て去ろうとしている。

南海、東南海大地震がここ30年ほどの間に起こる確率が70から80%あると言う確かな情報が確認されている。勿論サーフィンやって天国に行くのも良いのかも知れないが、それでは妻や子供達、孫達が困るであろう。


死が近づいてから自分にとって「理想に近い死に場所」を探しても遅い。
適度な高台に住処が有り、東、北に程よく山が迫り、その西側に川が流れており、間も無く海に注ごうとしている。

南側は広く開ており、南から西へと太平洋が広がっている。小浜の時は答志島と菅島の間から登る旭の見事さに驚いた。しかも祖父の二階の円窓にピッタリと入るのである。 そこまでは望まないが落日の美しさは願わくは坐して味わいたいものである。

探せば和歌山にはそう言った所はいくらでもあろう。しかし現実はなかなか厳しい。先ず駅近くでないとダメ。そして日常の買い物も近くでないとダメ。果たして残された者は後を速やかに処分が出来るのか、そうでないとダメ。三ダメが大きく立ちはだかる。

やはり理想の「終の住処」探しは難しいものである。

では今住んでいる天六のマンションは終の住処としての僕の条件にどれくらい合っているのだろうか。

先ず北東の角の高層階にある。生駒の山から登る旭は答志島のそれに比べると小さいが十分に魅力がある。夕陽は見れないが淀川がゆったりと横たわっている。窓下には阪急千里線がゴトゴトと音をたてて駅へと潜っていく。駅まで約5分。近くにはライフがあり、裏にはサボイがある。ここまで二ダメはクリア。

中古とは言え、今なら買った時の値段より高く買いたいと言う人は沢山いるようだ。確かに三ダメはクリアしているようだ。それに千里丘陵から生駒、信貴山、二上山、晴れた日には遠く大峰山系まで見渡せる景色は捨てがたい。夜は夜で額縁の中の絵のような市内の夜景が広がる。
しかし残念ながら海は見えない、あたりまえであるが。それに少し狭い。孫達やその両親が勢揃いするには小さすぎる。

無事退職を果たし、その後少なくとも15年は「終の住処」で過ごしたい、もし神様がお許しになるならば。この貴重な貴重な15年を今まで出来なかったことを彼女と二人でやり切りたい。

文章には起承転結というものがあるように、僕の人生は生死を掛けて「転」の時期にあると言えるだろう。


一戸建てなら条件を満たす高台に100坪ほどの敷地に建つ家が欲しい。マンションなら100平米以上は欲しい。僕達にとっては何も贅沢ではない。これまで働いてきた対価としてはこの10倍はあっても問題はないと自負している。

問題は僕亡き後の処分だ。彼女は彼女で考えている理想の「終の住処」があることだろう。時々僕亡き後の彼女の行動について話をするが、決まったものは何もない。

唯はっきりしているのは僕の「終の住処」を彼女の「終の住処」としない事だけは毎回同じである。だからこそ後の処分が速やかに行える物件が肝要なのである。

もうひとつ決まっているのは、「天六のマンション」は僕の「終の住処」が決まっても手放さないということ。このことは彼女への心配りでもある。天六なら電車に乗って生駒の教会にも彼女ひとりでいけるからである。



波の音が耳に心地良い海辺のそばに「終の住処」を持てたら最高の幸せだろう。
その時は身を横たえる事の出来る小屋のような仮の家でも良かろう。もうあれこれと条件はつけない。朝早くから竿を担いで浜に出て、昼は昼で夕方に掛けて読書三昧。落日に向かっては神様に感謝。雨の日は手慰みに彫り物や轆轤を回してみるのも良い。

確かに残された物理的な時間は僕には余り無いのかも知れないが、霊魂を楽しませる時間は結構期待出来るのかも知れない。キリストを19歳で受け入れて以来歳を重ねて「死の恐怖」から解放された。

新しい世界に行く前にもう一度原風景の中に身を置けたならと、切に願う次第である、

今年も娘から「母の日」の贈り物のカサブランカが届いた。保育士の資格を取り頑張っていると聞いて、とても嬉しく感じる。感謝だ。


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